「石川」
「…前々から気になっていたことなのだが、」
行灯に書簡立てという簡素を通り越して殺風景な畳の間で、座禅など組んでいる侍然とした
(事実本人は侍を自称しているのだが、どうにも現代にサムライなど薄っぺらで私は好かない)
男を見下すかたちで呼ぶ。
些か億劫そうに、閉じた目を片方開け視線を寄越し口を開く。
「、何ゆえお主は拙者を石川と呼ぶ」
「あなたの名だから」
「名ではない、姓だ」
へりくつを。
このサムライモドキは妙に理屈っぽく、かつ子どもっぽいことを言う。
「呼び名には変わりない」
「しかし、」
「ルパンはルパン、次元は次元。ならあなたは石川で問題ないはず」
二の句を告がせない。
少々意地悪かっただろうか。子どものような応酬が途切れ、端正な顔を覗き込めば
案の定、むっつりと口は真横に引き結ばれ眉間には皺が数本。
悪いことをしたと思う反面、面白い、と思う。
必死に隠したたからものを見つけられた犬、とでもいうのか。
微笑ましさと僅かな憐憫とを思わせる、かあいい、いぬ。
さあどうするのだろうかと棒立ちに眺めれば。
座禅の足を解き、おもむろに立ち上がった男の等身の高さに驚かされる。
(そういえば、目の前のサムライモドキは男衆でいちばんの独活の大木だった)
「…なに」
「…名を、」
…に、名を呼んでほしい。
若干腰をかがめるように、薄い唇が耳元に囁く。
照れ隠しのつもりなのだろう、目の前の男にそれ以外の他意はない。
他意はない、というのに。
(なによコレなんなのよ、顔から火が出そうなんだけど)
「…」
自分の仕出かしてくれたことに、まったくの自覚がないらしい唐変木は
疑問符を浮かべ、茹蛸も顔負けの私を覗き込む。
畜生め、やられっぱなしは性に合わない。
だから、
「…五右エ門」
さらりと流れ落ちる黒髪から覗く耳に、震えるルージュを押し当てるように、呼ぶ。
子どもらしい仕返しだ、それ以外の他意はない。…ないつもりだ。
「―――ッ!?」
かわいそうなほどに赤い顔を見上げ、幾分かの優越感。
勿論私の顔だってまだまだあつい。だが、今はその真意を悟らせる気も毛頭ない。
「あぁ、そうそう」
「な、なんだ」
まだ動揺している、彼はすぐに声に出る。
その感情の揺らぎを楽しみながら、襖に手を掛け振り向きざまに笑む。
「夕飯出来たから。“五右エ門”」
「…ッ」
名に若干の含みを持たせてやれば、目をくるりと見開いてみせる。
凪いだ湖面に石を投げ入れたように、彼から発せられる空気が心地よく揺らぐ。
その余韻を味わいながら、早々に背を向ける。
(…私の赤い頬をこれ以上見せるのは、まだ勿体無いから)
足取りも軽く台所へ向かう私を、不思議そうに隣のリビングからルパンが眺めていることに、気付かないふりをする。
鯛の煮付け四人前
(どしたのゴエモンちゃん、鯛にも負けないほど顔が真っ赤だぜ?)
(ホントね、変だよ“五右エ門”)
(…ッ!!)
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鯛の煮付け、ほうれん草の御浸し、里芋の煮っ転がし、葱入り厚焼き玉子。
彼好みの夕飯も、当の本人 今日ばかりは味わう余裕もなし。
ルパン一家でなぜ五右エ門だけが名前呼びなのかな、
という疑問から膨らませた結果こんなことになりました。