例えば、入道雲を想う一面のあお。
例えば、深海に焦がれる海淵のあお。
「…、さん?」
甘草やら棗(なつめ)やらのつんと鼻に染むにおいすら凌ぐ、視線。
耐えがたい其れに逆らうのを諦め、手元の鉢からすうと意識をはなす。
背後の其れからは身動ぎすら感じとれない。
怠惰だ。しかし、虎視眈々とした獣の構えに似ている。
いつもならば、手遊び(てすさび)やら 会話にならない言葉を投げかけてくるのに熱心だのに。
此の昼下がりは一体どうしたものか。
「…背が、焼けてしまいそうなんですが…ね」
観念したように体ごと振り向けば、黒い双眼と視界を交錯した。
黒曜石にも似たひかりに、焼かれる。
「…猫背だなあって、思って」
「それだけ、ですか?」
「…目が見たいなあ って、思ってた」
あの熱の色は羨望 否、願望だったのか。
成る程確かにあの強いひかりは、希う(こいねがう)其れだったと今になって思う。
幼な子にも近しいその要求に、口許がにいと弧を描くのを何処か遠く意識の淵に感じる。
「どうぞ、御好きなように」
優しさを偽った声音と紡ぐ言葉とは裏腹に、重力にまかせて瞼を落す。
瞼裏の闇色。
然し其れさえ愛しい。目の前の甘い困惑を思い浮かべる時間の色。
きしり、と真新しい井草の啼く音が迫ってくる。
此方を窺う気配。
焼き殺されそうなほどの熱。
どうにか要求を満たそうと言う逡巡。
水蒸気を孕んだ むっとするような夏の空気を伝う其れらが酷くいとしいと思う。
さあて…どう、動くか。
少しばかり四感の世界に飽いた頃、
滑らかで小さな熱が、肩口辺りに添えられるのに気付く。
実力行使とくるかと考えつつ、体勢はそのままに少し瞼の力を緩める。
と、其の瞼に掛かる甘い湿りけ。
此れはなんだと脳で考える前に骨の髄から反射的に閉じていた其れを開く。
吐息だ。
最後に見たのは
左の眼前いっぱいにうつった生々しい肉色の舌。
「、さん」
「…しょっぱい」
右のまなこだけで見る姿は水面の影に似て歪に揺れる。
痛みと言うよりは痺れに近い感覚の残る左の其れには手を当てて庇っていた。
「何を、」
「あんまり綺麗で、遠くに感じたから」
よかった、ちゃんとそばにあって。
心底安心したように溜息を吐き、眼球を舐った舌をちろりと覗かす。
幼稚な確認作業だったのだ。
視覚で触覚で味覚で確かめる幼な子さながらに。
見るだけでは到底満足できない口内にまで及ぶ存在の証が欲しい、と。
其の事実に気付いた時にはこの脳髄は痺れを甘い疼きに誤認していた。
「ちゃんと…此処に、ありますから」
庇う手も煩わしく疼く左眼もそのままに黒曜石色のひかりを両目にみる。
黒い水面にうつりこむ自分の双眸は深海にも似たふかいふかいふかい、あお。
彼女のみる私の其れはどんないろをしているのか。
私の確認作業が終わってその事を覚えていたら、聞いてみたいと思った。
或る晴れた昼下がり
(夏の空は、もう随分高くなってしまっていた)
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みじかい夏を思う、いろ。
薬売りさんの目の色は何色なんでしょう…。